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2006年07月25日

開発の波

横浜に帰れば一番先に顔を出したい処があります、私が一番世話になっている、新横浜は岸根の市川さんです。

私の仲人さんでもあります、パパさんが倒れてから二年になります。
現在は自力で歩行が出来なくなりましたが、思ったよりかは元気でよかったです。

若かりしころ始めて横浜に来て下宿をさせて頂いたところで、それ以来四十三年もお付き合いをさせていただいております。
私が最初にお世話になった頃は、新幹線の話もない頃で、のどかな田園地帯でした。


新幹線を切っ掛けに、あっという間にこの一帯が、目まぐるしく開発され、どんどんと自然が侵食され緑が無くなっていきました、現在残っている裏山も開発の波が押し寄せまたまた緑が少なくなる様相です。

パパさんはこの一帯に緑を残したいとがんばってきましたが都市開発には勝てずにだんだんと緑が減っています。
最初の一波は新幹線が出来新横浜駅前が開発されたころのことです、みるみる内に田んぼがなくなり大きな道路が出来、建設ラッシュの時代でした。

第二波は岸根高校の建設です、学校用地としてパパさんも協力することになり裏山の一部を手放すことになりました。
そしてこの最近三波として、隣地の開発が始まったということです。

二十四の住宅が建つそうで、大規模な造成工事が始まっていました。
緑を残すということはなかなか大変なことのようです、ただ樹木があればいいという事ではなく管理が大変です、体が不自由になった現在は荒れ放題になってしまっています。


このまま維持して次の代へと繋ぐ事がどれだけ大変なことか、中々難しい状況になっているような気がします。
平らなところの一角を畑としてママさんが耕し、自給の野菜物を作っています、高齢と近隣の激変に農作業も、はかばかしくいかない状況も続いているようです。

私と二十歳違いますので八十代半ば現役での作業には限界があります、何か私にお手伝いが出来ることがあればと常々思案しますが、短い一時帰国の時間ではどこから手をつけて良いものやら、迷ったまま何も出来ない状況にあります。


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